天童アリスの百周年
3月25日
『さあ来い勇者アリスよ! 我はこの世界全てを吞み込むまで止まらんぞ!』
『アリスは……アリスは負けません! アトラ・ハシースの箱舟の光よ、この手に剣となりて闇を打ち払え!』
……
…………い」
………………起きてください」
「はっ!」
パチリと目を開け頭を上げると、寝ていたアリスを覗き込むように少女が見下ろしていた。
見覚えのある姿に、思わずアリスがその名前を呼ぶ。
「……ホシノ?」
「誰がホシノですか。確かに私は小鳥遊ですけど、ホシノと一緒にしないでくれます?」
「あ、ごめんなさい。つい……」
「寝ぼけてないでとっとと起きてください」
アリスが起きたことを確認すると、顔に掛かっていた桃色の長髪をかき上げて、メイド服を着た少女は鼻を鳴らした。
彼女と間違われることなどさして珍しくないが、好ましいわけではない。
「またゲームしながら寝落ちするから間違えたりするんです。それで今日はなにやってたんです? またRD?」
「初代です! やっぱり思い入れが深くてやりこんでしまって」
「それで夜更かししたんですか? ケイ! どうして止めないんですか!」
『ごめんなさい』
アリスの片目が赤くなり、少女の叱責に謝罪する。
『ですが初代の〈アンハッピーシュガーライフ〉は中々奥が深くてですね、今でもRTA界隈では記録が更新され続けているのです』
「あなたも同じ穴の狢ですか。甘やかしすぎるなと言ったでしょうに」
強く熱弁するケイに呆れたように少女は肩をすくめた。
「今日はあなたの誕生日なんですよ。そのために皆準備をしてきました。なのにその当日に祝われる当人が夜更かしして楽しめてないなら意味がないではないですか」
『……』
もごもごと口を動かしていたが反論の言葉が浮かばなかったのか、ケイは奥に引っ込みアリスの両目が再び青に戻った。
「そうでした! 今日はアリスの100歳の誕生日でした!」
「耄碌したなら行ってくださいよ後期高齢者。引導を渡してあげますので」
「いいえ、アリスは現役です! まだまだ若い者には負けません!」
「老人はみんなそういうんですよね。ははっ」
「アリスが老人ならあなたもそうでしょう? 歳はほぼ同じなはずです」
「いいえ私の方が若いですから。『名もなき神々』の遺産の製造コンセプトからも明らかです」
「む~」
アリスが眦を吊り上げて反論するが、少女に鼻であしらわれて頬を膨らませる。
少女は時計を見てアッと声を上げた。
「もうこんな時間ですか。早く顔を洗って着替えてください」
「はい」
少女に急かされ、アリスは言われるがままに着替えた。
めかし込んだドレス姿を見れば、ミレニアムが誇る理事長『天童アリス』としての体裁は保てていると判断したのか、少女はうんうんと頷いていた。
「素材は悪くないですし、これでいきましょう」
「はい!」
ドレスが気に入ったのか、姿見で衣装を見ながらにやついているアリス。
彼女に手を差し伸べて、少女は言った。
「エスコートしますよ、ご主人様」
「お願いします」
少女に手を引かれるまま、アリスはパーティー会場へと案内される。
この日のために誂えられた大ホールだ。
ここからだと少し遠いため歩く必要がある。
来賓と共に少女の部下であるメイド部隊が今か今かと待ち構えている事だろう。
「あ、そうだ。終わったら一緒にゲームしませんか? アンハッピーシュガーライフを」
「またですか?」
「モモイもミドリもユズも……みんな逝ってしまいました。昔を知っている人が少なくなってくると寂しいんです。このゲームはTSC2と並んで思い入れの深いゲームですから」
「……やられ役はもう飽き飽きなんですけど、仕方ないですね」
アリスが泣き出すとせっかくの化粧が崩れてしまう。
嘆息した少女は、アリスがそれを望むならとゲームに付き合うことを決めた。
ケイのことをどうこう言えないな、と甘い自分に呆れる。
「今度の新作は私も出してくださいよ。部下から登場してないって馬鹿にされますから」
「え? もう出てるじゃないですか。それも超重要な役で」
「アレはノーカンです。黒歴史だから吹聴したくありません」
「ボイス収録もがんばってくれたのに……」
「いいから! それ以外でお願いします!」
「……考えてみます」
アリスが頷いたことで渋々納得した少女は、パーティー会場の扉に手を掛けて振り向いた。
「それじゃ、一足先に言っておきますね、ご主人様」
「?」
「お誕生日おめでとうございます。次の百年も、その次の百年も末永く」
「はい! よろしくお願いします。ずっと一緒にいましょう“ ”!」
アリスの返事に、小鳥遊ホシノによく似た少女、かつてアポピスと呼ばれた少女は満足げに頷いた。
出会いがあれば別れがある。
老いることのないアリスに、時間の流れはかつての仲間たちとの別れをアリスに強いた。
けれどアリスは寂しくはなかった。
夢のようなあの時代を思い起こさせる少女がその傍らにいる限り、アリスは孤独ではない。
大魔王の残滓すら味方にした彼女に、もはや敵はいない。
魔王の力を持った勇者は、これからも勇者のままで人を救い続けることだろう。
勇者よ、汝が道行に光と幸いがあらんことを。
おまけ